
マーセッドカレッジ卒業生の池田さんは、MLBロサンゼルス・エンゼルス(以下、エンゼルス)のアスレチックトレーナーの一人として働いている。エンゼルスはメジャー(1軍)からルーキーリーグ(7軍)まで組織があり、そのうち彼は3A(メジャー直下の最上位マイナー)のヘッドトレーナーとして、活躍している。
今回は、エンゼルスで働く池田さんへインタビューし、アスレチックトレーナーとしての業務や留学からこれまでの道のりについてお話を伺った。前半の記事では池田さんのこれまでの道のりに焦点を当て、後半の記事ではアスレチックトレーナーの仕事について焦点を当てて紹介する。
池田さんについては過去にも弊サイトで紹介している。マーセッドカレッジ時代や4年制大学時代についてはこちら。
学生時代に経験したMLB組織でのインターン
現在、MLBの球団で働く池田さんはどのようにしてその仕事を得ることができたのか。2018年にマーセッドカレッジを卒業した池田さんは、2019年編入先の4年制大学在学中にMLBアトランタ・ブレーブスで、2022年の大学院在学中にミネソタ・ツインズのインターンを経験。短い期間ではあったが、現在エンゼルスで働く上で助けになったと考えている。
「MLBのチームでインターンを経験できたのは大きかったです。プロの球団の運営がどのように行われているか、コミュニケーションや書類のやり取りはどう行われているのかを知ることができました。」
また、実際にMLB球団で働く人はインターンを経験してから、雇用されるケースも多いという。
「インターン経験者の方が、球団も安心して雇用できると思います。あと、野球は組織の在り方やトレーナーとしてのスキルも特殊なので、野球を経験していた人の方が雇用されやすいかもしれません。」

エンゼルス入団から現在まで
大学院を卒業後、エンゼルスに入団して3年が経過し、今年(2026年)で4年目となる。これまでの3年間を振り返ってもらった。
「一瞬一瞬を切り抜くと大変なことはいっぱいありましたが、今思えばすごく早かったですし、たくさん失敗もしたと思います。常に意識しているのは、同じ失敗をしないようにすること。失敗しそうであれば、自分より経験のある方や他の部署の知識がある方に情報を聞いて、失敗を未然に防ぐことです。上に上がれば上がるほど失敗は許されにくい環境になっていきます。1、2年目は失敗から学ぶ感じでしたが、今は失敗しないように、過去から学んでどう動くかを考えています。」
また、具体的なエピソードも語ってくれた。
「去年3Aで担当していた選手が、リハビリで下のレベルで調整することになった時のことです。プログラムを組んで、自分としては問題ないように作っていたのですが、それを下のレベルのトレーナーに送った際、そのトレーナーと監督とのコミュニケーションがうまくいっていなかったことがありました。結局なにかあれば監督に話が行きます。ミス・コミュニケーションというか、メールを送る時にその監督も入れておけばよかったという経験はあります。誰をコミュニケーションに入れておくのが安全なのか、周囲から見れば些細なことかもしれないですが、僕としては「もっとよくできたな」と思う失敗でした。」
渡米から10年。ブレずに続けてこれた理由
池田さんが2016年に21歳で渡米して、今年で10年となる。10年間ブレずにここまで努力を積み重ねてこれた理由を語ってくれた。
「学生時代で言うと、間違いなく家族や両親の支えがあったからです。あとは、ある程度お金もかけてアメリカに来ていましたし、自分の中でやりたいものが明確な状態で渡米していたので迷いはなかったです。コミュニティカレッジの頃から、こういう道で行けば将来に繋がるだろうというのがなんとなく見えていました。高卒でいきなりゴールがない状態で来る人よりは、具体的にゴールがイメージできていました。それと、途中で他の道に行ったり日本に帰るというのは、自分の意志が許さないという感覚がありました。自分の言ったことを曲げたくなかったんです。当時は、高すぎる目標だったと思いますが、それを支えてくれる人も周りに多かったです。ひとりひとり、応援してくださる方の存在が心の中で強かったんだと思います。」
渡米してから10年、ターニングポイントはあったかという問いに対しては以下のように答えてくれた。
「正直、ターニングポイントばかりだった気がします。そもそも英語もしゃべれなかったのに渡米したこと。コミュニティカレッジでいい出会いがあったこと。編入した大学の野球プログラムが全米トップ10に入るような環境で、経験を積めたこと。あとはコロナのタイミングで、大学院に行きながら仕事を続けられたこと。どれか一つ欠けても、現在地にはたどり着けなかったと思います。」
WBCチェコ代表での経験
2026年3月に開催されたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)ではチェコ代表のアスレチックトレーナーとしてチームに帯同した池田さん。その経緯を語ってくれた。
「WBCでは、MLBが各チームにトレーナーを送るというルールがあります。その関係で、去年のシーズン中に「興味がある人は応募してください。」という形で案内が来ていました。僕としては日本語も喋れますし、日本で試合があるチームだったら通訳的なこともできる。文化もわかるというのを伝えていたところ、チェコ代表に選ばれました。過去にチェコ代表に関わったことは全くなかったので、本当にゼロからのスタートというか、驚きの選出でした。」
日本で第一プールを戦ったチェコ代表にとって、池田さんの選出はまさに適役だったと言える。このほかにも池田さんはシーズンオフにドミニカで行われているウィンターリーグにトレーナーとして参加した。
「野球で仕事を始めた時から、一度ドミニカに行ってみたいという興味がありました。僕が一年目に担当していた6軍の選手は8割くらいがラテン系の選手なので、彼らがどういう環境で育ったのかを見てみたかったんです。それで冬のウインターリーグのポジションをずっと探していたんですが、去年のWBCと同じようなタイミングで、ドミニカのチームが人を探していると聞いて応募しました。」
WBCやドミニカでの経験を聞いてもわかるように、池田さんは積極的に自分から行動していることがわかる。この行動力は池田さんが日本にいるときから、また渡米後も大切にしている部分の一つである。
「優等生ではなかった分、行動力だけは誰よりも頑張ろうと思っていました。行動は、自分のリミッターさえ外せば誰でもできることですから。」

池田さんの歩みを振り返ると、現在のポジションに至るまでに、コミュニティカレッジ、4年制大学、大学院、そしてインターン経験と、一つひとつの段階を着実に積み重ねてきたことがわかる。
どの段階でも共通していたのは、自分の目標を見失わず、その時々に必要な経験や学びを積み重ねてきたこと。
マーセッドカレッジでのスタートが、その後の進学やキャリアの土台の一つになっていたことは、これから海外で学び、スポーツに関わる仕事を目指す学生にとっても参考になるはずだ。
後半記事では、アスレチックトレーナーとしての業務により焦点を当てて紹介する。

